本日は新入生のみなさま、ご入学誠におめでとうございます。また、保護者のみなさまにおかれましては、本日はご多用の中、学科紹介のイベントにご参列いただき、誠にありがとうございます。これまで温かく見守り、力強く支えてこられたご家族の皆さまにも、敬意と感謝の意を表します。
私は、本年度の学科主任を担当します、樋口と申します。専門は、機械学習という、人工知能、つまりAIの基盤となる数理的手法になります。限られた時間ではありますが、大学教育へのAIの非常に大きい影響についてお話ししたいと思います。
みなさんは、「自己家畜化」という言葉を知っていますか?これは私の造語ではなく、社会科学では一般的専門用語になります。その意味は、人間が自ら作り出した文化や社会システムに適応する過程で、自らを管理し、従順な性質を強めていく現象を指す批判的な概念です。
少し分かりづらいと思いますので、自己家畜化に関して、生物学における自己家畜化の話をいたしましょう。みなさんご存じのように、犬はオオカミが自己家畜化したものです。社会的および環境的な要因により、自らが家畜というかペット的な特徴を獲得してきた結果です。
これに関連して、昨年末に出版された、最近興味深い論文を知りました。アメリカの研究者らが、都市部と農村部のアライグマの違いについて調査しました。その結果、なんと、都市部のアライグマの鼻先は、農村部のそれと比較して約4%短いことを明らかにしました。その原因が、都市部では長い鼻先が餌探しに不要なのか、それともかわいらしい顔つきが人からの攻撃を避けやすいのか、はっきりとしたものは分かりません。ただ、自己家畜化が始まっているのかも知れないという、衝撃的な論文でした。
ここからは、この自己家畜化の言葉がAIにつながっていきます。昨年10月の新聞で、ノーベル受賞者でもある野依先生が、「AIの利用で自己家畜化が必ず起きる。これは文明の問題だ。」と語られていました。
もうみなさんは、私が何を述べたいのかおわかりですね。新入生のみなさんは、生まれたときにはスマートフォンが存在していました。また、高校生の間に、この3年間の生成AIの驚異的な進歩を横目に見てきましたよね。高校時代には生成AIの利用を本格的に行ってこなかった、あるいは禁止されていたかも知れませんが、大学では積極的な上手な利用がむしろすすめられています。事実、私が担当した学部学生、博士前期課程の学生の卒論や修論のレベルが、一年前とは異次元の違いになっています。生成AIの出力をそのままコピペするような、低レベルの利用者は全くいません。文章のクオリティは、ちょっと前までの研究者レベルです。
プログラミングも、学生はこれまでと比較すると10分の1程度の時間で高い精度でしあげてきます。もはや教員は、成果物だけでは習熟度を評価できない状況です。これからは成果物の評価より、むしろその成果物を生み出す途中のプロセスが価値をもちます。つまり、高等教育の現場では、プロダクト評価からプロセス評価に大きくシフトしなければなりません。プロダクトの完成度が価値をもつビジネス現場と比較すると、教育現場での模索は、しばらくは続くでしょう。
こんな見通しのききにくいときに、今週、とても参考になる記事をよみました。それは、コロナ渦の時に有名になった、台湾の当時のデジタル大臣、オードリー・タン氏のインタビュー記事です。
タン氏は語ります。現代において、内容だけで事実を判断することは不可能であることが明らかになっている。すべてが、写真がなかった時代にもどるということです。そんな時代に、人間に残されたことは何でしょうか?若い学生たちに何を教えるべきでしょうか?これらの問いに、タン氏はこう答えました。
重要なことは3つ、「好奇心」「協力」そして「共助の精神」です。これらは内発的な動機です。外発的な動機でなく、人々は本当に好奇心を持ち続け、協力し合い、互いに社会をよくしたいと願っています。そして、好奇心を持ち続ける能力を維持するためには、十分に眠ることが非常に重要です。よく眠って外に出て、人々と会うべきです。
AIとの付き合い方ではタン氏はこんなことも語っています。「機械を人に合わせる」という発想に立ち戻る。社会を機械に合わせることを強要してはなりません。だれも取り残さないという原則です。
ビジネスデータサイエンス学科では、単に情報技術を学ぶだけではありません。技術を社会に応用・展開する上で、課題をみつけ、その解決を図る中で、本当に人のためになる情報技術のあり方を学びます。さきほどのタン氏の論法を借りると、「AIを人に合わせる」原理原則を厳守し、「人はAIによって自己家畜化してはならない」ということです。
今日の私の話が、これから激動の中で学ぶ若い方々にとって、少しでも参考になればうれしいです。最後に、これから始まる大学生活が、実り多きものとなりますよう、教職員一同、全力でサポートしてまいります。
2026年4月4日
樋口知之


